媚薬、恋なすび

レアとラケルは姉妹とはいえ恋敵でした。レアの子ルベンが野原で恋なすびを見つけてきます。ルベン少年は得意そうな目で、「ほらお母さんがいつも捜していたなすを、見つけたよ!」といってレアの前に差し出した恋なす。

この恋なすびがレアとラケルのヤコブとの恋の争いに油を注ぎ、レアにはさらに三人の子、ラケルにはヨセフとベニヤミンが与えられます。しかし、ラケルはベニヤミンを産んだ直後に亡くなりました。ラケルはその壮絶なヨセフとの恋の生涯を、閉じたのです。

このベニヤミンの子孫の中から出たエステルが、イスラエルを救うことになります。恋なすびがなかったら、ヨセフも、ベニヤミンも、そしてイスラエル民族もなかったでしょう。(創世記三〇章、三五章、エステル記二章)さて、この恋なすびですが、マンドラゴラというナス科の植物でアルカロイド系の化学物質をもっています。このアルカロイドには動物に対する麻酔作用があり、一種の中毒物質です。この媚薬をルベンが見つけてお母さんの所にもってくるなんて男の子はやさしいところがありますね。でもルベンが彼のお父さんとお母さんの恋をとりもつなんて、現代では不思議な話ですね。でも、ありそうな話かな。

麻酔には酔いの程度の軽いものから死亡寸前の重いものまでありますが、このアルカロイドは中枢神経に作用してその人の感覚を麻痺させます。特に基本的な欲求を抑制するのが難しくなります。

しかし、この基本的な欲求は、ある程度抑制が取れないと、子孫の維持ができなくなっしまいます。かまきりのオスは脊髄を切断されることにより、大脳の抑制がはずれ、精子をメスに送り込むことができます。カマキリのメスはオスを食べるのではなく、子孫を保存するために使う必殺業が、オスの脊髄を噛み切るネックブレに結果としてなっただけです。

恋なすびは、かおりを放ち、・・・これをあなたのためにたくわえたものです。(雅歌七章一三節)恋なすびが歴史を変えました。

ロッパの薬屋さん

ロッパの薬屋さんのマクは天秤とそれをとりまく蛇です。多くの医学会のシンボルマクも、十字架にからみつく蛇、青銅の蛇を使っています。モセがエドムの荒野で造った、青銅の蛇がもとになっているようです。(民数記二一章九節)現在でもまむしの黒焼きは精力を増すとか、蛇の生き血が体に良いとかの説を唱えている学者がいるくらいですから、蛇の薬効もまんざら非科学的なことでもなさそうです。

蛇は天地創造の昔から人間、特に女性から忌み嫌われてきた動物です。同じ爬虫類でも竜宮城への連絡船に使われた、亀さんとは大きな違いで、万年も生きるとされている亀さんはお祝いの席には欠かせません。それなのに蛇さんには、なんと冷たい人間社会でしょう。やれ舌が二枚あるとか、冷血動物とか迫害を受けています。二枚舌で冷血動物は人間の方なのに。

ともあれ、蛇さんは特殊な体つきをしています。足が無く、皮膚全体が足のような働きをしているのです。皮膚の下の筋肉も這うための発達を強いられました。

驚くべきことに、あのスリムな体の中に心臓も肺も腸も神経も背骨も、きちんと入っています。でもやはり無理はあります。ですから心臓を取り囲む肺は一つしかありません。

心臓に遠慮して左の肺は、ないのです。すべての蛇が片肺蛇行をしています。肺の先には気嚢がついていてガス交換の補助をしており、長い気管の死腔を調節するのは、鳥の呼吸器と同じです。

それなりに精密な構造を持っている蛇さんは意外とかわいいものですよ。そろそろあなたも蛇さんと仲良しになっては、いかがですか?

博士の没薬

東からきた博士たちが母マリヤのそばにいる幼な子に会い、ひれ伏して拝み、また、宝の箱をあけて、黄金・乳香・没薬などの贈り物をささげました。(マタイ二章一一節)没薬は黄金に匹敵する贈り物だったのです。確かに薬は時として金より貴重です。逆に金も薬になることがあります。リウマチ性関節炎の金療法ですが、多量に使うと間質性肺炎を起こすことがあります。金も薬も貯め込むのは危険です。

ヨセフと没薬

ヨセフの兄たちがヨセフをイシマエル人の隊商に売ってしまいましたが、この隊商がエジプトに持っていって売ろうとしていた商品の中に没薬が入っています。(創世記三七章二五節)このヨセフがエジプトの宰相になったあと、ヨセフを売った兄たちがカナンの地からエジプトへ持っていった貢物の中にも、特産品として没薬が顔を出します。(創世記四三章一一節)兄弟たちの第一回目のエジプト訪問は、ベニヤミンを連れていかなかったために失敗に終わりました。かわいい弟に会いたいばっかりに、ヨセフは兄弟たちを追い返したのです。

末の息子ベニヤミンだけは助けたい、というヤコブの気持ちは、いっぺんに吹き飛ばされました。ヤコブは何が何でもベニヤミンを奪われたくなかったので、当時としては最高の贈り物を持たせました。その中にも没薬が入っています。

王妃エステルと没薬

ベニヤミンの子孫からモルデカイとエステルが生まれてきます。ペルシャに捕囚されていたユダヤ人を救ったこの二人はベニヤミン族です。ここでも没薬が活躍をします。

たぶん没薬としては最高の使われ方だったでしょう。ペルシャに捕囚されていたエステルは、六か月の間没薬で体を整え王妃になる備えをしました。(エステル記二章一二節)基礎化粧ですから、皮膚の病気を治す薬の役目を持っていました。もともと薬草から抽出された没薬は、メソポタミアで産出する芳香族の化学物質も含んでいたもの、とおもわれます。

エステルの美貌を十分に発揮させるために、没薬は用意されていた、といっても過言ではなさそうです。もとより美しかつたエステルなら王妃になるのも当然でしょう。でも没薬がなかったら、ファストレディの座はなかったかも知れません。そうしたらユダヤ人はハマンの手によつて全滅になったところです。

王妃になったエステルの力にモルデカイの知恵が加わり、ペルシャの悪党ハマンを木に吊るすことになりました。それも最初ハマンがモルデカイを吊るそうと企てた同じ木にです。エステルと没薬が亡ぼされそうになったユダヤ人を救ったのです。

ニコデモの没薬

会見の幕屋やあかしの箱に注がれた油の中にも、没薬を入れるように命じられています。(出エジプト記三〇章二三節)さらに恋人へのプレゼントにもさかんに使われました。(雅歌五章五節)香料として用いられた場面も紹介されています。(箴言七章一七節)十字架に掛けられる前にゴルゴタの丘で、キリストは没薬をまぜたぶどう酒を差し出されます。(マルコ一五章二三節)キリストはそれを拒絶し十字架上で極限まで苦しみ通しました。十字架からおろされた主イエスの体にも、あのニコデモが没薬を塗りました。(ヨハネ一九章三九節)遠いヨセフの時代からペルシャを経てゴルゴタの丘まで、ずつとキリストを見守ってきたのはこの没薬でした。

現在でもフランス語で市立病院のことを「神様のホテル ( l'hotel-Dieu ) 」といいます。病院ではいろいろな没薬が今でも使われています。